吹奏楽部




入学式の翌日から、早速授業が始まった。

といっても、今日の授業は午前のみで、

午後からは各部の新入生の勧誘が盛大に行われる。

「薫ー。アンタは部活動すんの?」

朝、登校してきた薫に奈津実が聞いてきた。

「うん。私ね、吹奏楽部に入ろうと思ってるの。
藤井さんは?」

「アタシはチアリーディング部。
何か服も可愛いしカッコいいじゃん?
アタシね、体動かすの好きだし、
それにチア部って他の運動部との接触が多いらしいんだよねー」

「あぁ、そっか。チアリーディングで応援するんだもんね」

「そうそう!
だからさ、もしかしたらスポーツ万能のイケてる男子とかいるかもしれないじゃん」

「あははは」

薫は思わず声に出して笑った。

やがて、朝のHRの開始を告げるチャイムが鳴り、零一が教室に入ってきた。

「あっ、ヤバ!氷室が来た!!」

「うん。またあとでね」

薫と奈津実は小走りで自分達の席に向かった。



退屈な授業が終わり、午後からは各部の勧誘が始まった。

どの部も、少しでも多くの新入生を入部させようと、必死になって新入生に声をかけている。

新入生の中には部活に入らずに、そのまま帰ってしまう者もいたが、

吹奏楽部に入部しようと決めていた薫は、吹奏楽部のチラシを手にすると、

部の活動場所である音楽室に向かった。



やがて、薫は音楽室に到着した。

入り口の扉には『新入生歓迎します』と書かれた紙が貼ってある。

扉に耳を当ててみると、部屋の中から様々な楽器を奏でる音が聞こえてくる。

(どうしよう・・・ホントに入っていいのかな・・・・・・・・・・)

もしかしたら練習の真っ最中かもしれない。

そんな時に部屋に入ったりしたら邪魔になるのではないか。

薫は一瞬中に入るのをためらった。が、

(いつまでもここでこうしてたってしょうがないか・・・!)

薫は思い切って音楽室の扉を開けた。



「あのぉ・・・・すみません。
入部希望なんですけど・・・・・・・・・・」

薫は音楽室の扉を開けると、そっと部屋の中に入って行った。

「あら、新入生?来てくれてありがとう。
入部してくれるの?」

「はい・・・。小学生の時からずっと吹奏楽部だったので、
高校に入っても続けたいって思ってたので・・・・・・・」

「そうなんだ。
じゃあ早速この用紙にクラスと名前を書いてもらえる?」

「はい」

上級生らしい女生徒に『入部用紙』と書かれた紙を渡された薫は

言われた通りに自分のクラスと名前を記入し始めた。

そんな薫の様子を見守っていた女生徒は、薫が“1−A”と記入したのを見て

思わず声をかけた。

「あなた1年A組なんだ。氷室先生のクラスよね?
あの先生、怖いでしょう。
部活でもそうだし・・・・・・・・・」

「・・・え?部活って、まさか・・・・・・・・・」

薫がそう尋ねた途端、音楽室の扉が開き、何と零一が中に入ってきた。

「ひ、氷室先生!?どうしてここに・・・・・・・・・・」

「私はこの吹奏楽部の顧問だ。何か問題か?」

零一が険しい顔つきで、薫をじろりと見下ろした。

「い、いえ。そんなことは・・・・・・・・・・」

(よりによって、氷室先生が顧問だなんて・・・・・・・・・・・・・・)

思わず口に出してしまいそうな言葉を、薫は必死にこらえていた。

「・・・君はこの吹奏楽部に入部するつもりなのか・・・?」

「は、はい・・・・・・・・・・」

(う・・・・・・今更“やっぱりやめます”なんて言えないよ〜〜〜〜〜〜っ!!)

薫はガックリとうなだれた。

「吹奏楽部に入部するのならば、君に一言言っておく」

そう言って、零一はジロリと薫を睨む。

「私の吹奏楽部は完全なハーモニーを目指している。
楽しく適当にやっていこうなどと考えないことだ」

「は、はい・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

(う・・・すごい厳しそう・・・・・・・・・。
私、やっていけるのかなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・)



(・・・・・はぁ・・・やっと終わった・・・・・・・・・・・)

何とか吹奏楽部の練習も終わり、薫は心身ともにつかれきったまま音楽室を後にした。

(・・・・・これから3年間、氷室先生が顧問なんだよね・・・・。
何か憂鬱・・・・・・・・・・・)

薫は大きく溜息をついた。

(あの先生・・・もうちょっと言い方が優しかったらいいんだけど・・・・・・・・・・・・)

うな垂れて歩く薫の足元は心なしか覚束ない様子であった。

そしてそのまま、薫は下りの階段に足を一歩踏み出した。

(あっ、ヤバいっ!!)

薫は階段から足を踏み外してしまった。

「きゃあっ!!」

(落ちるっ!!)

薫は目を固くギュッと瞑った。

その時、突然誰かに物凄く強い力で腕を体の後ろに引っ張られた。

そのお陰で、何とか階段から転落せずに済んだ薫は、ゆっくりと後ろを振り返ってみた。

「あ、葉月君・・・・・」

薫を助けたのは、薫と同じクラスで席も隣同士の葉月珪だった。

「・・・大丈夫か・・?」

「うん、ありがとう。葉月君が助けてくれなかったら大怪我だったよ」

「そうか・・・・・・」

「私ね、今吹奏楽部に入部してきたんだけど、顧問があの氷室先生だったの・・・」

「あぁ・・・あの担任か」

「練習もすごく厳しくて疲れちゃって・・・・・・・・。
だからボーッとしてたみたい」

薫はそう言ってペロッと舌を出した。

「葉月君はどこの部を見に行ってたの?」

「いや、俺はどこにも行ってない・・・」

「え?」

「ずっと屋上で寝てた・・・・・・・・」

「え、寝て・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

「・・・・俺、もう行くから」

珪はそう言うとスタスタと階段を降りていった。

(葉月君・・・・不思議な人・・・・・・・)

薫はしばらくの間、珪の背中を見送っていた。



珪と別れてから、薫はそのまま1階の昇降口まで下りた。

そして、そこで上履きと下靴を履き替えていると、

「あ、いたいた!薫ー」

薫が声のする方を振り返ると、奈津実が3人の女生徒と一緒にこちらに向かって来ていた。

「あ、藤井さん。それに紺野さんと有沢さんと須藤さん・・・?」

「アタシ達ね、初等部の時から一緒なんだ。
ね、一緒に帰ろうよ」

「うん。一緒に帰ろう」

5人は一緒に校舎を後にした。



「ねぇ、薫。
アンタさぁ、さっきまであの葉月珪と何話してたの?」

「え?」

「ビックリしたよ。
音楽室の前で薫の姿が見えたから声かけようと思ったら
あの葉月と一緒なんだもん。何かあったの?」

「あ、あのね・・・・・」

薫は奈津実達4人に、階段から転落しそうになったのを珪に助けてもらったことを話して聞かせた。

「えーっ、あの葉月が!?信じられない・・・・・・・・・・・・・・」

奈津実は心底驚いたような顔をした。

「あの葉月珪も人助けなんてするのね・・・・」

沈着冷静だと、周囲から評価されている有沢志穂も、驚きを隠せない様子である。

「もしかしたら葉月君って、本当はすごく優しい人なのかも・・・・・」

紺野珠美がそっと伺うように呟くと、

「それは絶対無いって!!だってアイツ、天狗になってるし。
この間だって、アタシが“雑誌見たよ”って声かけたら“だから?”だよ!?
マジでムカつくんだけど」

奈津実が憤慨したように言った。

「・・・・・・・・・・そうね。
私も、葉月珪はとても冷たい人だって聞いたことがあるわ」

志穂も奈津実に同意した。

「まぁ、どっちにしても、葉月珪って瑞希の次くらいに有名人よね」

須藤瑞希が言った。

(・・・・・・・・葉月君が冷たい・・・・・・・・・?
そんな風には思えなかったけど・・・・・・・・・・・)

確かに珪は表情を変えることもなく、口数も少ない。でも・・・・・・・・

(でも・・・・・助けてくれたし・・・・・・・・・)

ちょっと変わった人だけど。

薫がボーッと珪のことを考えていると、

「あーーーーーっ!!もうやめよう!葉月の話は。
それよりもさ、ウイニングバーガーに寄って行こうよ!
今日から新メニューが出てるらしいよ」

「いいね。行こう!」

奈津実の一言で、珪の話題はパッタリと途切れてしまった。

しかし、薫は・・・・・・・・

(葉月君、かぁ・・・・・・・・・・・・・)

「薫ー、何してるの?置いてくよーーー」

立ち止まったままの薫に、奈津実が声をかけた。

「ゴメン。今行く!」

薫は小走りで奈津実達の元に向かった。


〜あとがき〜

氷室先生が顧問の部活って絶対厳しそうです・・・・・・・・・・^^;;