Forever in Love
俺は今、滅多に作らない特別なカクテルを作っている。これからこの店にやって来る、世界一幸せな二人の為に・・・・・。
カラン
店の扉が小気味良い音をたてて開いた。
「こんばんは、益田さん!」
「お、いらっしゃい。お二人さん!」
「・・・・・・・・・」
やってきたのは今年の1月に20歳になったばかりの彼女と、小学生の時からの腐れ縁のヤツ。
「・・おい、零一。いい加減にその仏頂面をどうにかしろよ。それが2週間後に結婚式を控えた男のツラか?いい歳してマリッジ・ブルーってわけでもないだろう?」
「・・・・この顔は生まれつきだ。年中ニヤニヤと笑っているお前とは違う」
「言ってくれるねぇ・・・」
零一の言葉に、俺は苦笑した。
この二人は、今は幸せな恋人同士だけど、3年前までは教師と生徒の関係だった。零一は、はばたき学園一の堅物教師だって言われてて、俺が生徒でも絶対にこういう教師は好きになれない。で、薫ちゃんは零一の担当するクラスの生徒だったってワケ。よくもこんなつまんないヤツを好きになったよなぁ・・・。まぁ、零一も薫ちゃんも幸せそうだし、それが一番いいことなんだけど。
で、薫ちゃんが20歳になって大人になったところでめでたく結婚が決まって2週間後の6月に結婚式を挙げる。薫ちゃんはジューン・ブライド〜6月の花嫁〜になるわけだ。
ふと薫ちゃんの方を見ると、彼女は口に手をあててクスクスと笑ってた。
「ふふ。零一さんと益田さんて、昔からそんな風に言い合いしてたんですか?」
「まぁね。ほら、零一は子供の頃から先生みたいなヤツだったから」
「益田。余計なことを言うんじゃない」
「・・ホイ、お二人さん。結婚おめでとう。これは俺からのプレゼントだ」
俺は、さっきまで二人の為に作っていたカクテルを二人の目の前にトンと置いた。
「益田さん。このカクテルは何ていう名前なんですか?」
「これはね、『ピュア・ラブ』っていうんだ」
「『ピュア・ラブ』・・・・」
「お二人さんにはピッタリだと思うんだけどね」
俺がそう言うと、薫ちゃんは恥ずかしそうに俯きながらも嬉しそうに微笑んだ。
「それにしても、薫ちゃんはすごいなぁ。小さい時に宣言したことを見事に実行させるってわけだ。有言実行ってやつだ。なぁ、零一?」
そう言って、俺は零一を見やった。
「う、うむ。そ、そういうことになるか・・・・・」
あ〜あ。零一のヤツ、顔を真っ赤にして俯いてやんの。・・・ったく、今時こんな30過ぎの男がどこにいるんだよ・・・。
あれはもう15年も前のこと。当時高校1年生の俺と零一は薫ちゃんの親父さんに、家に来るよう呼び出されて、とある休日に薫ちゃんの家のリビングのソファに二人並んで座らされていたんだ。
「・・で、親父さん。俺達に話したいことって何ですか?」
「いやな・・薫が昨日幼稚園で友達と、将来は誰のお嫁さんになりたいかという話をしたそうだ」
「へぇ〜。薫ちゃんもお嫁さんに憧れるようになったんだ。子供の成長って早いですねぇ・・」
「な、何を呑気なことを言ってるんだ。俺の大事な薫をそんじょそこらのヤツに嫁にやるわけにはいかん!」
「・・・おじさん。薫ちゃんが結婚するのはまだ随分先の話だと思われますが」
そう言って、零一はいささか冷たい視線で親父さんを見やった。
「そうだよ、親父さん。今からそんな心配してたら身がもたないぜ?」
俺も半ば呆れ気味に親父さんに言ってやった。
「何を言っている。何事も前もって対処することが必要だと零一君、君はいつもそう言っているじゃないか」
「・・それは、こういう時に用いることではないと思うのですが・・・・」
全く、親父さんの薫ちゃんへの溺愛ぶりは半端じゃない。いつ、どこへ行くにも薫ちゃんの写真を持って歩いてる。それだけならまだしも、家の中にいる時でも、薫ちゃんの写真を肌身離さず持っているんだ。薫ちゃんのお袋さんも、「言ってもきかないから」と、諦めたように苦笑してた。まぁ、一人娘なんだから無理もないかもしれないけど。男親ってのは、娘がすごく可愛いらしいし。
その時、
「パパー!」
2階から可愛らしい子供の声が聞こえてきた。その声に、俺たち3人が振り向くと、当時5歳の薫ちゃんがパタパタと2階から階段を駆け下りてきた。
「ねぇ、パパ。いっしょにあそぼう!・・・あ。れいくんとよしくんもきてたんだぁ。4にんでいっしょにあそぼうよ!」
「薫、ちょっとこっちに来なさい」
親父さんは薫ちゃんに向かって手招きをした。薫ちゃんは嬉しそうに親父さんのところまでパタパタと駆け寄ると、親父さんは薫ちゃんをヒョイと抱き上げて自分の膝の上に座らせた。
「薫」
「なぁに、パパ?」
薫ちゃんは大きな目をパチクリさせて親父さんを見上げた。その顔が本当に可愛いんだ、薫ちゃんは。この子は将来すごく美人に育つだろうなぁって、俺は密かに思ってた。実際、今目の前にいる薫ちゃんは本当に綺麗だ。俺の予想は当たったというわけ。
「薫、お前は将来誰のお嫁さんになりたいんだ?」
「えっ?」
親父さんは薫ちゃんを膝から下ろしてソファの上に座らせると、俺と零一の間に割って入ってきた。
「この3人だったら、お前は誰のお嫁さんになりたい?」
「え、えぇっ!?」
はぁ・・・。本当に親父さんの薫ちゃんに対する溺愛ぶりは目に余るものがある。そう思っているのは俺だけではないらしく、零一のヤツも困ったように溜息なんかをついていた。
「薫。正直に答えなさい」
呆れ返っている俺と零一の目の前で、親父さんは実に真剣な顔で薫ちゃんのことをジッと見てる。薫ちゃんは呆気にとられたような、少し困ったような顔をしてた。
「えーっとねぇ、ん〜〜〜〜〜」
そう言って、薫ちゃんはしばらくの間、親父さんと同じように真剣な顔をして考え込んでたんだけど、やがてパッと顔を上げてこう言ったんだ。
「かおる、れいくんのおよめさんになりたい」
「えぇっ、零一!?」
「れ、零一君か!?」
全く予想外の薫ちゃんの答えに、俺と親父さんは大人気なくあからさまに不満気な声をあげてしまった。ここだけの話、俺も親父さんも自分だと思ってたんだ。当の零一も生まれつき細い目を丸くして驚いている。
「ど、どうして零一君なんだ?パパじゃ駄目なのか?」
「だって、パパのおよめさんはママでしょう?だから、かおるはパパのおよめさんにはなれないの」
「うっ・・・・・・・」
そうキッパリと言い切った薫ちゃんの前で、親父さんはガクリとうなだれていた。何か、本当に悲しそうな顔をしてる。何だか親父さんが可哀そうになってきたな。・・・ん?いや、待てよ。
「薫ちゃん。じゃあ、何で俺じゃないの?零一なんていつもムスッとして怒ってるような顔してるし、俺の方が優しくてカッコいいと思うけどなぁ」
「・・・・う、うん・・・。たしかによしくんはやさしくてかっこよくてだいすきなんだけど・・・・・」
薫ちゃんは居心地悪そうにしてソファの上にちょこんと座ってた。まぁ、俺や親父さんが大人気なく「どうして俺じゃないんだ?」って問い詰めりゃ、居心地も悪くなるだろうな。
でも、しばらくして薫ちゃんはパッと顔を上げてこう言った。
「でも、かおるはれいくんがいいの」
そう言って、薫ちゃんは零一の方を見てニッコリ笑った。
「かおるはれいくんのおよめさんになる!」
「そ、そんなこと、私全然覚えてない・・・・」
今は20歳の薫ちゃんは顔を真っ赤にして俺の話を聞いていた。
「あはは、そりゃそうだ。5歳の時のことなんて俺だって全然覚えてないよ」
「そっか、だから益田さん“有言実行”って言ったんだ」
「そうだよ。まさにその通りだろう?」
「・・はい!」
薫ちゃんは本当に嬉しそうな顔でニコニコしている。その時、
「・・・コホン、薫。そろそろ帰るぞ」
俺と薫ちゃんの会話に水をさすように、カクテルを呑み終わった零一がスクッと立ち上がった。
「・・あっ、はい」
そんな零一に素直に従って薫ちゃんも立ち上がった。そして零一と一緒に店を出ようとしたんだけど・・・
「・・あっ、いけない。忘れるところだった」
そう言うと、薫ちゃんは小走りで俺の所まで戻って来た。そして、
「はい、これ」
そう言って小さな包みを俺に差し出した。
「ん?これは・・・・?」
「今日は益田さんの誕生日でしょう?これは私から益田さんへの誕生日プレゼントです!」
「・・・薫ちゃんが俺に・・?嬉しいなぁ、ありがとう」
俺は素直に薫ちゃんからプレゼントを受け取った。薫ちゃんは何かとても嬉しそうにニコニコと笑いながら俺のことを見上げてる。その屈託のない笑顔を見て、俺の胸はトクンと高鳴った。
「それじゃあ、失礼します。お休みなさい」
薫ちゃんは俺に向かってペコリと頭を下げると、零一と一緒に店を出て行ってしまった。
薫ちゃも零一もいなくなって、やがて客が誰もいなくなると、俺は外に出て、ドアに『CLOSE』の札をさげるとまた店の中に入った。そして、さっき薫ちゃんからもらった誕生日プレゼントの包みをそっと開いた。すると、中からシガーが出てきた。
「これは・・・・」
以前、薫ちゃんが店に来た時に、俺は確かこう言ったんだ。
『俺さ、シガー吸いたいんだよね』
『シガー・・?タバコじゃなくて?』
『うん。何か大人のイイ男って感じがするだろ?俺もシガーが本当に似合う男ってのになりたいねぇ』
『益田さんは今でも十分イイ男です!』
『零一よりも?』
『零一さんには負けるけど』
薫ちゃんはそう言ってニッコリと笑ったんだ。この時、俺は心底零一が羨ましいと思ったね。
それにしても薫ちゃん、あんな些細な俺の一言を覚えててくれてたんだなぁ。ホント、いい女になったよ。まだ高校生の薫ちゃんと初めて会った時にも可愛いなぁって思ったけど、今はあの頃よりも一段と綺麗になってる。あんなにイイ女に成長した娘を前にして、あの親父さんがよく結婚を承諾したよなぁ。今になって、親父さんが薫ちゃんを溺愛してた気持ちが分かる様な気がするよ。親父さんは今でも薫ちゃんの写真を持ち歩いてたりするんだろうか。
薫ちゃんからのプレゼントのシガーを咥えながら、俺は天井を仰いだ。もし、何も知らない状態で薫ちゃんと出会っていたら、俺は彼女のことを本気で好きになっていたかもしれないな・・・。
でも、俺はすぐに考え直した。“もし”なんてそんなこと、薫ちゃんの場合はあり得ないんだ。彼女は昔も今も、そして、きっとこれから先の未来もずっと零一のことだけを愛していくんだろうから・・・。そして勿論零一も・・・・。
俺はほんの少し失恋気分でシガーの煙をくゆらせた。
〜あとがき〜
このお話は5/16〜31に開催された
カオポン様のサイトの「MASUDA JAZZ FESTIVAL」に投稿させて頂いたものです。
かなり以前から考えていたお話で、
本当は「教会の姫君」の連載が終わってからアップさせる予定だったのですけどね^^;
初めて一人称のお話にチャレンジしてみました。
いかがでしょうか・・・?